「いただきっ!」 虚をつかれ、簡単に瓶を奪われてしまった。くっ、嘘泣きかい。 「少しだけでいい、待ってくれ」 瓶に直接、口をつけそうな勢いのアンジェリカをやんわりと押しとどめ、金属製のボールを選び運んで湯冷ましを注いだ。それに手をかざし、指先に意識を集中させる。 「あっ、氷できた!」 「冷たくしたほうが、うまいからな」 アイスピックで細かく砕き、溢れるほどグラスに。やれやれ、これで少しは薄まる。 さらに二杯、グラスが干されたその途端、 「ちょっとダイちゃん!」 諦め気味に見つめる俺に、アンジェリカは食ってかかった。絡み酒かよ、今度は。 「ちゃんづけは、やめてくれ……」 「だーって、ダイちゃんはダイちゃんだもん!」 だめだ、目が座ってやがる。 「なんだよ?」 「あたしのこと、好き?」 口に含んだ緑茶が気管に入り、派手に咳きこんだ。前触れもなしに、なにを言うかなこの娘は。しかも、ろれつの怪しくなった口調が、妙になまめかしかったり――い、いや、そんなことはどうでもいいんだが、仮にも暗殺者が口にする台詞か、これは。 「ねえ、好き?」 「どこの世界に、自分を殺しにきた相手に惚れる物好きがいる。嫌いだよ」 「ふーんだ。あたしだって嫌いですよーだ。だってだって天使食い≠ウんだもんね。嫌い嫌い、だーいっきらい!!」 眩しいまでに白い翼が、アンジェリカの背後から一対、花が咲くあの瞬間のように艶やかに現れた。 「天使……だったか」 まさか。やはり。相反する感情が、平凡な言葉を呟かせた。 「たっくさん殺したよね、あたしの仲間」 「嫌いだから、殺したわけじゃないさ」 一ひら舞い落ちた白羽を手に取り、静かに答えた。 「じゃあ、なんで殺すの!」 「逆に尋ねるが、どうして天使は人を殺す?」 「わっるいことするんだから、しょうがないでしょ。いっくら言って聞かせても、盗んで殺して欺いて。許せるわけない」 「そんなのは建て前だ。天使は羨ましがってるのさ、本当はな。自由に笑い、自由に泣くことを許された、人間という存在を」 「そんなわけない! 身勝手で不完全な人間が羨ましいだなんてこと、あるわけない。あたしたちも、好きでやってるんじゃないんだからね。でも、天使が裁かなきゃ、益々人間は思い上がる!」 空の瞳が、盛る紅炎に変わりそうな怒りようだ。それに、やはり天使らしい言葉を吐く。 「自分では、なにも考えられない天使が人を裁くだと? 笑わせる」 「笑いたいなら、お好きにどうぞ。でも、それが神様の意思だもの」 「神、か。人にも信じる神がいる。それも、沢山な」 「あたしたちの神様を、空想なんかと一緒にしないでよね。そんなものに頼って、多数決でもしたいわけ?」 俺は席を立ち、埃の付着した酒瓶を手にした。林檎から作られる強烈な蒸留酒だ。子供相手に議論なんぞ、しらふではやってられん。 「だが、人の神には慈悲がある。親をなくし、その日を生きるためにパンを盗んだ幼子を、殺せなどと言いはしない」 「悪いことは……悪いこと」 「傲慢な神がなんとわめこうが、慈愛の神は俺たちの側にある。どうして天使は完璧を求める? 善悪を分ける、無欠の基準なんてあるのか? なに一つ間違わずに生きようなんて、不自然だとは思わんか?」 「天使はいつだって正しい。闇にまみれた人間と一緒にしないで! ほっといたら、あたし達まで飲みこもうとする汚らしい人間なんかと!!」 ばんと一つ、年代物のテーブルが大きく叩かれ、皿が苦情を鳴らした。 「人の本質は無窮の闇……か。俺も昔は、そう信じてたよ。夜だと、教えてもらう前は」 「夜?」 「明ける前に、命は終わるかもしれない。それでも誰もが、ひたすらに待ってるんだ。星の瞬きほどの、かすかな希望を集めたらいつか、青い空が広がってくれるんじゃないかってな。誰にだって、光を求める気持ちはある」 「そんなのは、人間の下等を証明するだけ。天使は生まれた瞬間から、ずっと光だもん」 「それが不自然だってんだ。光の中で光が見えるか? 確認できるか? 光はせいぜい、闇を相殺するだけで充分。自分の影まで消そうとする光なんざ、くそくらえだぜ」 「ダイちゃんは天使食いの人間だから、自分で自分の言い訳――」 不意に言葉が切れた。 「どうした?」 「こ、このソーセージ、天使の、肉?」 「あん?」 「だってだって、天使食いだから!」 「おいおい、本当に食べるわけないだろうが」 「やだやだ! 決まり破ったから、罰が……」 「だから聞けって。天使食いなんて、お前らが勝手に呼んでるだけだぞ。第一これは、店で買ってきたもんだ」 冷めたソーセージを口に入れ、態度を含めて理を説いた。 「……ほんと?」 頬を伝う涙に頷きつつ、身を乗り出してその雫を指で拭った。アンジェリカは驚きのためか大きな目をさらに見開き、少しだけ照れたように笑った。 「ごめん、変なこと言っちゃって」 「まあ飲め、ほら」 「うん! 乾杯しよう、乾杯」 なんに乾杯すればいいのか、さっぱりわからなかったが、とりあえず飲むことにした。 少なくとも、まずい酒ではなかったが。 前方からの小さなくしゃみが、浅い眠りを破った。開き切らない瞼の外側、狭い視界は靄に覆われ薄暗く……頭痛え。 しばらくこのまま、なにもせずに座っていたくはあったが、テーブルに伏せ寝るアンジェリカの肩は、小刻みに震えていた。 ん、待てよ。天使が寒さで震えているだと? それは天使の常識から、大きく外れたことだった。 しかし、真実を求める気概を、いまの俺に求めるのは酷というもの。ひどくなる一方の頭痛で、それどころではない。 「わけのわからん天使だ」 やっとそれだけ呟いて、翼を避けた背中と膝裏に手を回して抱き上げた身体は、思った以上に軽く、か細かった。 アンジェリカをベッドに寝かしつけ、その惰性を使って湖へ向かった。今日も暑くなるだろうから鎧ではなく、竜の鱗で作られたという――おそらくまがい物だろうが――軽く通気性のいい胸甲冑を選択して。 湖水に首までをつけ、余分なアルコールを抜く。炭酸の混じったこの水には薬効があるらしく、途端に気分を楽にしてくれる。 飛沫を飛ばして顔を上げ、大きく息をついた。フレイアの元へ歩みながら、適当にタオルを動かし顔を拭く。 「ごめん、昨日は。来ようと思ったんだけど」 早くも照りつけ始めた太陽の下、墓前に座りこみ、いつものように話しかけた。 「手紙、ありがとう。驚いたけど、その何倍も嬉しかった」 フレイアには不思議な能力があった。古代種の直系を証明するという薄紫の瞳で、正確に未来を知り得た。俺がここで暮らすようになったのも、その力に遠因があってのことだ。 だが、彼女が俺の前でその能力の片鱗を見せたのは、出会ったその日一回きりだった。もしかしたらすでに、そんな余力は残っていなかったのかもしれない。 出会ってわずか七ヶ月、冬の真ん中でフレイアは逝った。あんなに見たがっていたレンゲの季節には、全然届かずに。 もっと一緒に、いたかったのに……悔しい フレイアの最期の言葉だ。涙の彼女を見たのは、そのときが初めてだった。 ベッドに横たわるフレイアと他愛のない会話。いつもと変わらぬ、午後の一時がそこにあった。だが、本当に突然、フレイアはぼろぼろと、ビー玉ほどもあろうかという雫を、いくつもいくつも枕に流した。 その涙を目の当りにし、ようやく俺は悟った。フレイアは自分が常し世に旅立つ、正確な日時さえ見ていたことに。 掠れる声で、悔しいと言い終えた口の端からは赤い曲線がとめどなく垂れ、金髪を染め抜いていった。 どれだけ涙を耐えれば、あんなに大きな粒になるのか。絶えない笑顔の裏に、どれだけの苦しみを隠していたのか。 察することも、分かち合うことも、なに一つできなかった俺だ。フレイアが残してくれた言葉、軽いわけがない。ただ、 「かけがえのない人は、フレイアだよ」 そこだけは、はっきりさせておきたかった。なくした人に向ける言葉ではないが、それでもいまでも、フレイアは俺の一部であり、全てだから。 たしかに、俺はこれから先も永遠にフレイアだけを思って生きる、などということはしないだろう。フレイアからもらった、心。その心を、閉じこめたくはない。 あぐらをかいたまましばらく、そんなフレイアとの思い出を追った。目なんか閉じなくても、すぐに浮かんでくる。笑顔が、寝顔が、あの泣き顔が……。 手紙の日付は、フレイアが逝った丁度一週間前。死を目前に控えた、自分の悲しみだけで手一杯なはずの不安の最中に、どんな気持ちでこれを書いてくれたのか。思うだけで、痛い。 「大切に、か。難しいこと言うよな、本当。天使で暗殺者なんだぞ、あれでも一応は」 「一応……ね」 独り言つた語尾に、アンジェリカらしくもない、弱々しい響きの声が重なった。振り返ると、危うい足取りでふらつきながら近づいてくる。 「頭、がんがんする。死んじゃいそう」 二日酔いだな、無理もない。 「湖で顔を洗うといい。すぐによくなる」 俺の言葉に素直に応じ、何度も何度も水をすくっては顔に散らす。 「ほら、タオル」 「ありがと。ほんとだね、すっかり気分よくなった」 アンジェリカの頬が微笑に彩られたのは、だが一瞬だった。目には厳しさ、手には細身のナイフが光る。 「……やる気か?」 「これでも、天使で暗殺者だから。いつまでも……遊んでられない!」 「ままごとは終わりか」 愛想のない言い方だが、所詮交わらない運命だ。フレイア、ごめん。本当にごめん。せめて、この娘が人間だったら……。 「その前に、これだけは教えて。どうして、天使に楯突くの? 強いのはわかってる。でも、いつまでも勝ち続けるなんて無理だよ」 「だろうな。数からして違う」 「だったらやめて。いまからでも間に合う。これ以上、天使を殺さないで。ね、お願い」 「隠れて生きろ、とでも言うのか?」 アンジェリカは大きく頷いた。 「そうしてくれるなら、あたしはこのまま帰る。あなたとは……戦いたくない」 まったくもって、おかしな天使だ。こんな天使がいていいのか。 一言で表現するなら、天使とは限界までの無を目指す者たち。なんであれ存在があれば、そこには影ができる。影とはすなわち、闇。天使が忌み嫌う、悪だ。だから天使は、神の意思を実現するために必要な肉体という物質以外、ほとんどをなくす道を選んだ。それゆえに、心さえ捨て去ろうとした。 ところがどうだ、この少女は。俺よりも人間らしい心に、満ち溢れているではないか。 「俺も、戦いたくない」 「だったら」 「でも、約束なんだ。最後まで人間を守ると」 「その、お墓の人とよね。死んだ人との約束が、そんなに大事?」 「いまはもう、いない人だからこそさ」 「どんな、人だったの?」 「命をやり取る前に、身の上話をしろと?」 「聞きたい」俺が否と答える前に、音より息が先に届きそうな距離、差し向かいにアンジェリカは腰を下ろした。やれやれ、自分のペースを崩さない娘だ。 「俺は最初、その人を殺すためにここに来た。そろそろ、一年になる」 「若い、女の人だよね。あたしが寝てた部屋、水玉のカーテンに、ピンクのシーツだったし」 「ああ。あの頃の俺は、自分で考えることなんてしなかった。子供でさえ平気で殺めた。命令にただ、従うだけだった」 「でも、できなかった。どうして?」 「俺を見るなり、彼女は言ったんだ。やっと会えたね。ずっと、待ってたんだよ、って」 「え?」 「フレイアには、未来が見えたんだ。それが問題になって、俺に暗殺命令が下りたのさ」 「驚いたから、殺せなかったの?」 「違う。剣を抜く前、フレイアの口元から血がこぼれた。彼女はもう、助かりようのない病気だったんだ。それでも微笑みを浮かべた透き通りそうな頬と、血で塗れた真っ赤な唇が、嫌になるほど綺麗だったから……かな」 ないはずの心があのとき、崩れた。 「そんなに、綺麗な人だったの?」 「見てくれだけじゃない。いらぬ力のせいで奇異の目を向けられ、こんな寂しい場所で、ひとりきりで暮らしてたっていうのに、それでも人間を守れって。おかげで俺に会えたんだから、感謝してるって。なによりも優しかったよ、フレイアは」 「恋、しちゃったんだ。それとも、愛って言うのかな? どっちも、あたしにはわからないけど」 「さあ、俺にもわからん。だが、そんな言葉で括れる気持ちとは、違う気もする」 「ややこしいね、人間の心って」 「まあ、な。ついでだ、こっちも訊きたいことがある」 「なに?」 「どうやって、この町に入った? 弱まったとはいえ俺の結界は、まだ生きているはずだ」 この湖を中心に町全体――生活圏を含む、かなり広範囲――を覆う結界の主成分は氷の結晶だ。目には見えない粒子が、ここを包んでいる。 人と天使の肉体的相異は、もちろん翼が一番だが、体温もその一つに挙げられる。 人間は、いわゆる恒常性で、微妙に変化させながら体温を維持しているが、一般的な天使の場合、常に外部の気温と体温が等しくなるよう、生まれついているのだ。 それはつまり、天使の能力は外的環境に左右されることが少ないということ。便利なようだが、ここに盲点がある。 結界に触れると、いくつもの結晶が砕けて数秒の間、絶対零度の冷気が吹きつける。人間であればわずかな寒気ですむが、天使の体温はその尋常でない外気温に即応し、自らの生命維持を可能とする臨界点を越えてしまうのだ。結果として、血液凝固、細胞壊死などを併発し、再生もかなわない。 創造主とやらも、完璧でないという証明だ。 「結界なんて知らないわ。普通に飛んで来ただけだし」 だとすれば、可能性は二つ。 結界そのものに瑕疵があったか、アンジェリカに、特別な力が備わっているかだ。 天使には様々な種類が有り、中には人間と同じく、恒常性を基本にして生活する者――暑さや寒さを苦手とする天使もいることはいる。だが、そのほとんどは特殊な力を持つ、上級天使に限られている。例えば、冬を司る天使が暑さに滅法弱いように。 「その結界に触ったら、死んじゃう?」 「普通はな。お前、ただの天使だよな?」 「うん……多分」 「多分?」 「落ちこぼれだから、あたし」 ああ、わかる気がする。それはアンジェリカが天使として、あまりにも破格すぎる故だ。戦闘能力だけで評価すれば、中級三隊に配属されていても、不思議はなかろうに。 「具体的に、どんな命令を受けてここに来た?」 「天使食いって言う、間違って生まれた人間がいるから殺して来なさいって。それだけ」 間違って生まれた人間……。それはそれは、いかにも天使らしい表現の仕方だな。 「真実は隠すか」 「え、どういう意味?」 「さて、やろう」アンジェリカの問いかけを無視し、剣に手を伸ばした。 「わかった……」 これ以上、情を移しても悲しみが増すだけ。アンジェリカが譲らないなら、受けて立つしかない。 どちらからともなく立ち上がり、間合が開く。本気を出さなければ、死ぬのはこっちだ。 アンジェリカは翼を上下させ、わずかに空中に浮いた。宙を舞っての直線的な突進と見せ、翼をブレーキに急激な方向転換をするのは、天使がよくやる攻撃だ。 「それか」 小さく呟いたと同時、翼が大きな風を生んだ。来る! 「待て、翼を隠せ!」 俺は叫んだ。荒々しい馬蹄の轟きが、耳に入ったからだ。 「勝負は一時、預けさせてもらうぞ。眠りたいなら、ベッドで休んでおけ」 レンゲの上、うつ伏せる少女に言う。 「落ちたのよっ! 急に翼を隠せなんて叫ぶから」 地面に打ちつけたらしい鼻の頭をさすりながら、アンジェリカは起き上がった。 「真に受けるな、冗談だ」 「あなたが言うと、ぜんっぜん冗談に聞こえない。あ、来たよ」 細い指が差した先、太目の身体で器用に馬を操り来たのは、パン屋のおかみさんだった。 「大変よ! 天使が、天使が出たの!」 「町にか!?」 だとすれば、やはり結界に問題があった? 「違うわ。遠出をしていた家族が襲われて、子供が捕まったらしいの」 「その馬、借してくれ」おかみさんと入れ代わりに、馬に飛び乗った。生理的に四足の動物は苦手だが、贅沢を言ってる場合じゃない。 「あたしも行く」 「あら、そちらの可愛らしいお嬢さんは?」 「あ、はじめまして。アンジェリカっていいます」 ぺこりと頭を下げ、アンジェリカは人好きのする微笑を向けた。 「まあ、こんなに可愛い彼女がいたの。だったら一言ぐらい、言ってくれればいいのにねえ。どれくらいのお付き合い?」 「世間話の場合か。とにかく、アンジェリカは待っていろ。ほら、危ないから下がれ」 手綱を握り、出発を命じようとしたが、アンジェリカは下がるどころか、俺の足首を掴み小声でこう言った。 「連れてかないと、飛んで追いかけるよ。勝手に死なれたら、あたしの立場ないもの」 と、とんでもない脅しをかける娘だ。正体を知られ、危険にさらされるのはそっちだぞ。 「乗れ、早く!」 腰にアンジェリカのしがみつきを確認し、強く馬の横腹を蹴った。 ひたすら馬に無理を強い、半時間足らずで街門にまで到着した。 「生きてるか?」 「は、なし、かけない……で」 急傾斜の山道を荒い手綱捌きで駆け下りたせいで、アンジェリカはかなり疲労気味だ。馬を直接操るより、振り落とされないようするほうが、体力の消耗も激しいからな。 「ん?」 結界は門より、かなり先までを包んでいるはずなのに、なぜだか大きな人だかりができていた。見ればその中心にいるのは、あの片目の老人ではないか。取り巻く人々は、興奮する彼を抑えようと必死の体だ。 「年甲斐もなくなにを荒れている、古いの?」 馬上から、ことさらに礼を欠いた言葉を投げた。案外にこういう揶揄が、落ち着きを取り戻させるものだ。 「む、貴様か。決まっておろう、子を救うのだ。ええい離せ、邪魔するな!」 老人は身をよじり、力任せに包囲を破ったが、数歩も進まぬ内に息を切らし、膝をついてしまった。 「三十年前ならいざ知らず、いまのあんたでは無理だ。傭兵どもに任せておけ」 「金で雇った者が信用できるか!」 「俺が行く。それなら文句もないだろう」 「助けて、くれると?」 「幼い命をな」 「……すまぬ」 「何度も言わせるな、子供のためだ……あんたのことも嫌いじゃないが」 老体を顧みず、自らの命を投げ出そうとする覚悟は立派なものだ。こういう人間が残っている限り、俺は人の側に立ち続け―― 「女連れが偉そうによ。ピクニックじゃねえんだぞ」 群集から跳ね返された、一つの言葉。 顔から、血の気が引くのがわかった。気力を挫かせるこれらもまた、人間が持つ性質の一つだ。わかっている、わかってはいるが、 「もう一回言ってみろや!」 鼻で笑って流す。そんな気持ちになれるわけがない。 |